就職がうまくいかなかった理由を、30年後に知った

仕事
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お恥ずかしながら、最近になって、自分がいわゆる氷河期世代だったと知った。
「ああ、やっぱりそうだったんだ」と思った。
なぜなら、私の就職活動は本当にうまくいかなかったからだ。
私は一浪して短大に進学して2年生の時に就職活動で就職先を決めることが出来ず結局
公共団体で契約職員(非正規雇用の単なるアルバイト)として社会人を始めました。


氷河期世代は1993年〜2005年頃に就職活動を行い、バブル崩壊後の不況で極端な就職難に見舞われた1970年〜1984年頃生まれの世代との事です。
一浪して短大に進学した私は卒業の時には1993年なので氷河期が始まった直後だったからか同級生で就職先が決まっていなかったのは私だけでした。
なぜ就職先が見つからなかったのか第一志望はスチュワーデス(現在のキャビンアテンダント)だったけど全く引っかかる事もなく落ちて、次にやりたいことも無く働きたいと思う企業も無く、今考えるとスチュワーデスも本当になりたかったのかは良くわからず、数社違う業種の企業を受けてみたけど受かる事も無く卒業をしてしまった。
その後親戚の紹介で公共団体の契約社員として働いたけど給与があまりにも安くまたその頃はおじさんからのハラスメント的発言やお茶くみもさせられてそれが本当に嫌でした。そのストレスから逃れるため仕事内容が明確でお茶くみが無い派遣社員として働くことを選びました。

派遣社員として働いている間も正社員として働けるように転職活動をして履歴書を送ったりしたけど全然だめでした。私を採用してくれる会社なんてこの世には無いのかもしれないと落ち込みました。
30歳に近付く頃には結婚相手もいなくて仕事も不安定でその不安から悩んだ末に手に職を付けようと簿記の勉強を始めて2級に合格しました。その資格で経理の仕事へ転職しようとしましたが実務経験が無いとのことで採用されることはありませんでした。その頃は経理職の派遣社員の求人はほとんど無くあっても経験が無いと応募すらできませんでした。なので最初は経理の仕事でも一部分を担当している簡単な仕事、所属も経理部とかではなく営業事務センターの中の売掛金と入金の照合をする仕事でした。

その仕事を続けていく中で仕事に飽きて次の転職先も決めずに辞めてしまったりでも次が見つからず営業事務をやってみたけど嫌で直ぐに辞めたりしていました。そんな時期にたまたま登録している派遣会社から大手企業の経理部の仕事を紹介されました。経理の仕事の実務経験はほとんど無かったんだけど簿記2級を評価してもらい始めて経理の仕事と呼べる仕事を始めることが出来たのは30歳過ぎてのことでした。
この時資格を取ってよかったなと無駄ではないんだなと思いました。
評価してくれる人はどこかにいる。
そう思えたのは、この時が初めてだったかもしれません。


その後働きながら経理職の正社員の仕事を探すけど私のように非正規雇用でしか働いた事のない30歳過ぎた女性を雇ってくれる日本企業なんてありませんでした。
がしかしこの頃から紹介予定派遣というものが出てきてまた外資系の会社の求人が派遣会社の仕事検索サイトに出てきたように思う。
日本の会社の求人内容の給与、もらえるであろう退職金を計算すると外資系の方が退職金は出ないけど総額では上回っていることに気がついた。
外資系の会社の経理職の紹介予定派遣の仕事を見つけてダメもとで応募してみたら採用してもらえて3ヶ月後くらいに正社員にしてもらった。その時37歳。
採用してくれたのは女性のマネージャーで彼女も紆余曲折ありの人生を送ってきたので私の非正規雇用でしか働いてきた事が無い職歴についてはほとんど気にすることが無く私という人物を見てくれたんだと思います。この時は本当にうれしかったし評価してくれる人は何処かにいる。

1993年から2005年は世の中が若い人たちにチャンスを上げる余裕の全くない時代で更に若いと経験も少ないし無知だしこの時代は本当に辛かった。
時代がが悪いと言えばそうだけど私も短大に入る頃には世の中の経済状態などをきちんと勉強しておくべきだったと反省する。もう少し世の中を知っていたら。

氷河期世代という言葉は知っていたけど調べてみて私はまさにドツボにはまっていたんだな。
あの頃は本当に何が正解かもわからず上手くいかなかった。
今の平和がとてもありがたいです。
あの頃の自分に、大丈夫だよと言ってあげたいと思います。



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